2023/01/17 11:21

(前回からの続き)

にわとりのけたたましい鳴き声で目を覚ました僕は、ガバッと起き出して階下に降りていく。
時刻は午前7時少し前。せっかくのベトナムでの時間なのだから、1秒だって無駄にしたくない。

階下には誰もいなくて、シンと静まり返っている。
キッチンのある勝手口のに近づいてみると、
Toiさんの自宅の裏側にあるコーヒー豆を乾燥させる場所から、かすかに人の話し声が聞こえている。

僕は玄関に周り、靴を履いて外に出る。
家の周りを通り過ぎるバイクに乗った近所の人が不思議そうな顔で僕のことを見つめている。
ホーチミンのような都心部では、外国人は珍しくないのだけれど、
Future Coffee Farmのあるバオロクという"地方"では、外国人は物珍しいものとなる。

警戒心を持って眺めている人もいれば、興味津々で話しかけてきてくれる人もいる。
この土地では、自分が「外国人」であるということを強く認識させられる。

Toiさんの自宅から、近くにあるコーヒー精製場を覗くと、午前7時を過ぎたばかりだというのに、
若い男性のワーカーさんたちがコーヒーチェリーのたくさん入ったカゴを重そうに運びながら整理をしているところだった。
今は、収穫の最盛期で繁忙期である。今まで、ここを訪れた時とは、まったく雰囲気が違って少しピリッとした緊張感が漂っている。
それはそうである。この時期の収穫量、出荷量が、1年間の農家さんの収入となり、それが決まる時期なのだ。
誰にとってもまさに死活問題なので、当然のごとく緊張感は高い。



そこにぼーっと突っ立っていても邪魔になるので、外に退散することになる。

外に出ると、農園のある方角から「Hey!Masuoka!」とToiさんの呼ぶ声がする。
そちらの方を向き直してみると、Toiさんが満面の笑みを浮かべながら手を振ってこちらに歩いてきている。

「おはよう!」の声をかわしながら、またハグをしてくれる。
Toiさんからは、土と草木の良い香りがした。

「昨日は夜中にありがとうございます。」
と、僕はGoogle翻訳を使って、Toiさんに伝える。
Toiさんはニコッと笑って「いいんだよ」というふうに手を振った。



「よし、朝食に行こうか。フォーに行こう!」
そう言いながら、自宅に戻るとToiさんは大きな声で
「チー・カー!」と叫ぶ。

「チー」とは、ベトナム語でお姉さんのこと。
「カー」とは、通訳のTさんの下の名前の略称。
Tさんは、Toiさんより少し年上でお姉さんなので「チー」という敬称が使われるんだそうだ。
つまり「カーお姉さん!」と呼んでいるのだ。Tさんはすでに起きていて、Toiさんに呼ばれると2階から降りてきた。

僕たちは、Toiさんの車に乗り、フォーのお店に向かう。
日本人の感覚からすると「朝からフォーを食べるの?」と思ってしまうけれど、フォーとは基本的に朝食に食べるものなのだそうだ。



フォー屋さんに到着する。
ここは2019年の初めてのベトナム渡航の時に来させてもらったお店。とても美味しいお店だ。
ベトナム人の多くは、野菜を毎食しっかり食べる。

ToiさんもStoneVillage LabのHoaさんも、来日した際に、日本人があまり野菜を食べないことにびっくりしていた。
外食をするとどうしても野菜は減ってしまう、と日本人ですら思うのだから、
普段からふんだんに野菜を摂取するベトナム人からすると尚のことだろう。

フォーには必ずカゴに山盛りの野菜と香草が一緒に提供される。
僕は、日本ではあまりパクチーは得意ではないのだけれど、ベトナムで食べるパクチーは難なく食べることができる。
日本で食べるほどの"変な"臭みがないのだ。他の野菜もどれも瑞々しくて新鮮だ。


(この写真は野菜を乗せる前の、供されたままのフォー。牛肉の旨みがしっかり出ていて素材の味がとても美味。)

あっという間にフォーを食べ終わると、僕はToiさんにリクエストをする。

「もしまだ時間があるなら、ここはGOTさんのコーヒーショップの近くでしょ?
 モーニングコーヒーを飲みに、GOTさんのお店に寄ってもらえると嬉しいです。」

Toiさんは「うん。OK。」と言ってくれた。



GOTさんとは、Toiさんが初めて来日した2019年7月に
Toiさんと一緒に来日し、Toiさんとともに日本のイベントに立ったToiさんの親友で
多くのビジネスを手掛ける中、コーヒーショップも経営されてる。

Toiさんからは20トンものコーヒー豆を買っているというから驚きで、
Toiさんも他の人のがなくなるからこれ以上は売れないと断っているほどだという。
GOTさんはスーパー経営者なのだ。

ベトナム産のコーヒー豆が、ベトナムのコーヒーショップで飲むことができるというまさに地産地消
コーヒー屋の端くれとして、その地産地消には、やはり少し憧れの気持ちを持ってしまう。


(2019年の渡航時にGOTさんと一緒に撮ってもらった写真)

GOTさんはとても良い方で、初めて会った時から、僕のことも覚えてくれていて時折メッセージをもらっている。
初めてお会いしたときには、僕には妻どころか恋人もいなかったので、
GOTさんが「かわいいベトナム人を紹介する!」と言ってくれていた(笑)
今回はお会いすることはできなかったけれど、また必ずお会いしたい。



コーヒーを飲んで、Toiさんの自宅に戻ると、Toiさんは仕事モード。
今回のベトナム旅は「ツアー」が組まれていて、僕の他にもToiさんの元へ訪れる方達がいる。
その方達は、関西方面からやってこられるので、東京から渡航する僕とは旅の始まりは別行動になったのだ。

飛行機が遅延したということで、関西組は渡航初日の早朝からバタバタした旅の始まりになった。
関空からホーチミンへの飛行機が遅延したということは、
そのあとの国内線への乗り継ぎにも影響が出るから、その対応が結構大変なことになる。

ベトナムの航空会社の「ベトジェット」は格安でベトナム渡航ができるLCC(格安航空会社)で、
とても便利なものなのだけれど、この遅延関係に対する対応は"ドライ"なので、その点、航空券が安い分、利用者側の負担が増える。
致し方のないことだけど、遅延にはいつも辟易としてしまうこともまた事実である。
当初の到着時間は16:00頃にこちらへ到着するということだったのだけれど、結局は20:00近くになった。

その遅延の連絡が入って、僕たちは関西組を迎えにいくまでに、少し時間が出来た。

Toiさんは、もちろん仕事があるので仕事に戻る。
僕も一緒に仕事に入らせてもらうことにする。

今回の僕の渡航の大きな目的は、農作業を一緒にさせてもらう、ということにあった。
「繁忙期だからこそできる体験がしたい」そんな思いもあって
「ワーカーさんたちと一緒に仕事がしたいです」とToiさんに伝えてあったのだ。

いよいよ、その目的が叶うときが始まる。
ワーカーさんたちのいる場所は、やはり想像以上の緊張感だった。

僕も足手纏いになってはならない!と、武者奮いしながら作業場へ向かったのだった。

(続く)