2023/01/16 20:04



(前回からの続き)
通訳Tさんのおすすめのコムタムのお店で夕食を済ませた僕たちは、
Toiさんの農園のあるバオロクに向かうべく「夜行バス」の乗り場へ向かうことにする。

コムタムのお店で食事の会計をしてくれながらTさんは、手慣れた手つきで、配車アプリを使って僕たちのいる場所までタクシーを呼んでくれた。「あと3分でお店の前まで来てくれるみたいので、お店に出て待っていましょう。」あと3分でタクシーが来る、しかも僕たちのいる場所まで来てくれる。本当に便利な時代なものになったものだ。そんな便利な時代に、数時間前にタクシーとおっちゃんとテンヤワンヤなってしまっていた自分がなお一層恥ずかしくなる。

そして、時間通りにタクシーはやってきた。
行き先を一応確認してから、タクシーは出発する。
「一応」というのは、配車アプリで前もって行き先は入力されているから、ドライバーさんは僕たちの行きたい場所はわかっている。
だから、車内でのやりとりは「念の為」の色合いが強い。さらに、利用料金は前もって提示されている。これなら、ぼったくりにあうこともない。ベトナムでは、配車アプリは必須だなと実感。



前回も書いたけれど、ホーチミンは「発展途上国」という単語は過去のものとしなったような大都会である。
にも関わらず、電車や地下鉄はない。人の移動手段は、バイクか車になる。
ということは、ラッシュ時間帯の「渋滞」のすごさは言わずもがな。移動時間には必ず渋滞を想定をしていなくてはならない。
その時間は、東京都心の比ではない。あくまで肌感覚としてだけど。




道中、ドライバーさんが路肩に座っている警備員らしき人に怒鳴り声をあげている。
よく見ると、前の車の人も、同じように警備員らしき人に怒鳴り声をあげている。
そして、おもむろに車はバックを始める。
結構大きな道で、それなりに交通量のある道路である。東京だと「青梅街道」のように交通量のある道路でバックを始めたと思っていた頂いていいと思う。あんな道でおもむろにバックを始めたのだから、後ろの座席に座っている僕たちはヒヤヒヤである。
いや、Tさんは、慣れっこなのか、静かにことの次第を見守っている。

「この先の道路は、まだ車は通れないみたいですね。この道は"まだ"バイクしか通れないみたいなことを、警備員の人が言っています。」
とTさんがタクシードライバーと警備員の怒鳴り合いを見守りながら解説してくれる。

そうなのだ。猛スピードで経済発展をしているホーチミンでは、あちらこちらで建設ラッシュなのだけど、それと同時に新しい道路もたくさんできている。だから、運転のプロのタクシーのドライバーであっても、把握できていない道もあるのだ。




事の次第を、僕も「ほうほう」と見守っていたのだけれど、
これが日本だったら入れない道にはあらかじめ立て看板がしてあるだろうし、もっと手前に警備員が立って道路誘導を行うはずだ。
もし、車をバック移動させなきゃいけない場所にまで入ったところに警備員がいて、「ここには入れないからバックしろ」なんて言われた日には大問題になるはずだ。

でも、ドライバーさんは「ったくよ。めんどくせぇな」くらいの感じで、おとなしく車をバックさせている。
まだこの国に慣れていない僕は、ドライバーさんと警備員は怒鳴りあっていると思ってしまったけれど、
あれは普通に「大きな声」で話しているだけのことだった。
そりゃそうだ。あんな交通量の場所では怒鳴りでもしない限り、声は通らないだろう。
決して、腹を立ててるという感じでもないみたいだった。
というか、他の車もどんどん突っ込んできては、みんなおとなしくバック移動をしている。
なかなかカオスな情景である。
立て看板一個を置いておけば、このカオスは解決されるはずなのだけれど、
それがベトナム人のおおらかさというべきなのだろうか、僕はこんな感じが決して嫌いではない。

正常な車道に戻って車は渋滞をすり抜け順調に進む。
おもむろにTさんの携帯が鳴る。流暢なベトナム語でTさんは何やら話し込んで電話を切った。

「今日のバス乗り場が変わったみたいです。ベトナムでは、必ず予約してるバスの乗車前に、乗車確認の電話がかかってくるんです。
 ですが、乗り場が変わると言われたのは、初めてなので念の為に元々の乗り場に行きましょう。そこには事務所もあるので、そこに行けば再度確認できますから。」

念には念を。さすがは、Tさんである。
Tさんとお会いするのは、これで3回目だけれどいつもパワフル・エネルギッシュな一本軸の通った女性で
一緒に居させてもらうと安心感が半端ない。




当初の乗り場に着くと、Tさんは事務所に赴き事務員と話し込んでいる。
やはり今日は違う場所から、発車するのだそうだ。
少し離れた場所だというので、またタクシーに乗って移動する。

んが、しかし、到着した場所に、バス乗り場はなく、灯りの点いていない廃墟があるのだけだった。
人通りもほとんどない。

Tさんも「え?ここ?」という感じで、バス会社に確認の電話をかけて確認していてる。
電話を終えると、苦笑いを浮かべながらドライバーさんと何やら話をしている。

「番地は合っているんですけど、"区"を間違えました。」
とTさんは苦笑いをしながら、状況を教えてくれました。
「ごめんなさいね。何かおかしいなぁとは思ったんですけど。」
と笑いながら、話してくれるTさんにさらなる親近感が湧いてしまうのだった。

目的地に到着するまでには、やはり道路結構入り組んでいる。
こちらから行く道はあっても、あちらからは戻ってくるには、迂回をしなければならないという道が結構あるのだ。
発展途上というより、開発途中だからという方が、言葉は正確なような気がする。

東京に住んでいると、どうしても無駄を省いて、最短距離を目指そうと思ってしまうのだけれど
ベトナムにいると廻り道すら楽しくなってくる。それが旅の楽しみの一つでもあるからだ。

バス停に無事に着いて、時間を確認するとあと一時間は余裕があるという。
Tさんと僕は、バス停の近所のオシャレなカフェに入って、時間潰しをすることにする。

若い女性の店員さんが、はにかみながらとても親切で優しい人だった。
オーダーしたマンゴーティーには、「これでもか!」とマンゴーの果肉が入っていて
日本で飲むような"マンゴー風味"ではないティーが最高においしかった。
喉が乾いていたのか、あっという間に飲み干してしまって写真を撮るのを忘れてしまった。

あまりにおいしくておかわりをしようかと思ったけれど
これから夜行長距離バスに乗るので、我慢しておいた。

お茶しながら、再びTさんとあれやこれやのお話に花が咲く。
僕は、いつかは海外で暮らしてみたいと思っている人間なので、Tさんとのおしゃべりは本当に面白い。

バスの出発時間が近づき、カフェを後にする。
先ほど、店員さんに手を振ってお礼を伝える。彼女も笑顔で手を振って見送ってくれた。
こういう触れ合いは、日本のカフェでは、なかなか感じられないもので、
日本もいい意味でこんな「フレンドリーさ」を目指すといいなと思う。

定刻より15分遅れて、バスはやってきた。
夜行バスというと、座席が狭く疲れるイメージがあるけれど
このバスはフルフラットのバスで、完全個室。




最初は、揺れが激しくちょっと酔ってしまったけれど、移動の疲れもあったのか、
あっという間に眠り込んでしまっていた。

カーテン越しにTさん「着きましたよ。起きてください。」と起こされるまで、まったく起きなかった。
Toiさん農園のあるバオロクは途中停車の場所で、終着点ではないので乗り越してしまっては困る、ということで
Tさんはその緊張感から一睡もできなかったらしい。そんなことをつゆしらず爆睡してしまったことを、とても申し訳なく思った。

夜中に走っているせいか、ホーチミンからバオロクまでの所要時間は約3時間30分。
2019年に来た時は、日中にバスで同じようにホーチミンからバオロクに向かったのだけれど、あのときはたしか6時間くらいかかった。
日中はやはり渋滞も多いので、それがかなり影響するのだと思う。さらに、タクシーもそうだけど、バスも、相当"飛ばす"ので、夜の交通量の少なさだと尚更飛ばせるのだろうと思う。

ベトナムでプロのドライバーさんの車に乗ると、カーチェイスやジェットコースターのような運転捌きを味わうことができる。
クラクションを鳴らしては、前の車を追い越しまくる。4車線ならまだしも2車線で、対向車も来ている中で、それをやってくれるものだからスリル満点である。

プロのドライバーだから慣れているのだろうと思いきや、事故は結構あるのだとTさんは教えてくれた。

ベトナムの人は信心深い人が多く、車のバックミラーには必ずロザリオがかけてあったり
仏像の置物がハンドル前に設置してあったりするのだけれど、神に祈る前に少し安全運転をしてほしいと思うのだけれど
それとこれとが別問題なのだ、きっと。

TさんはToiさんに電話をかけて、到着したことを伝える。
10分後、Toiさんは眠たそうな目をこすりながら、僕たちのいるバス乗り場まで迎えに来てくれた。

時刻は午前2時

農園は収穫繁忙期でお疲れのところを、本当に申し訳ありません・・・。
Toiさんは僕を見つけると「Hey!Masuoka!」といつもの笑顔でハグをしてくれた。
旅の疲れが一気に取れるような気がした。

Toiさんの自宅について、ベッドを用意してもらって、僕は再びあっという間に眠りについた。

そして、午前5時。けたたましい数匹のニワトリの鳴き声で目を覚す。

「こけこっこーーー!!!」

そうそう。これこれ。2019年の時も初めてニワトリの鳴き声で目を覚ますということを経験して感動したんだっけ。

そんなこんな今回の旅が、本格的に始まる。
ここまでにもいろんなことがあるのだから、ここから1週間さらにたくさんのことがあるだろうと
自然と鼓動が高まるだった。


(続く。)